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長野ウラドオリ

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雪国の小京都「飯山市」では、“一本杖スキー”の元祖が住職を務めていた『妙専寺』があった

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長野県飯山市は「お寺の町」や「信州の小京都」と言われるほどお寺が多いことで知られています。飯山城址公園のまわりには、22ものお寺が密集していて、飯山の町歩きと言えば「お寺巡り」と言われるほど観光のメインになっています。

そんななか、愛宕町にある『妙専寺』は、信州にスキーを伝えた「市川達譲」という方が住職を務めていたお寺。飯山市は、長野県のスキー発祥地と言われており、市川氏がそのキッカケを作りました。境内には市川氏の銅像が設置されています。

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妙専寺

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市川達譲氏

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飯山一本杖スキー元祖と書かれています

市川達譲氏は、妙専寺の第17代住職。明治45年に長野県にスキーを伝えました。

元々、日本にスキーが伝わったのは明治44年で、新潟県高田市(現上越市)にオーストリアのレルヒ少佐によって伝来してきました。そのレルヒ少佐に講習を受けた市川氏が飯山市に持ち帰り、長野県内にスキーを広めたと言われています。

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当時は『一本杖スキー』でした

ただ、当時は現代のように2本のストックを使うのではなく、『一本杖スキー』と言われる特殊な方法でした。かかとの部分がスキーに固定されておらず、一本の杖をホウキを持つように使って斜面を滑っていくもの。


実際、いまでもこの一本杖スキーを広めようという運動もあるようで、一部の地域では講習が行なわれていたりするようです。なかなか現代のゲレンデでは見かけることがありませんが、颯爽と滑っていたらカッコいいかもしれませんね。

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靴も今とは違う感じで、かかとが固定されていなかったようです

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住職と思えないような服装ですが、レルヒ少佐に合わせたのでしょうか

飯山市でお寺めぐりをしていると、おそらく立ち寄ることになる妙専寺ですが、ここから長野県のスキーが始まったのかと思うとなかなかスゴい場所ですね。1998年には冬季五輪も開かれたわけですから、その躍進たるや相当のものです。

市川氏も、さすがにモーグルや、ジャンプというような競技にまで発展したことは驚きでしょうけれど、彼がいなければ長野五輪も実現しなかったかもしれません。ぜひ飯山市を訪れたら、妙専寺に立ち寄ってみましょう。